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バラとナカイと、時々シブサワ… [Others]

川崎市の多摩丘陵にある「生田緑地 ばら苑」には、およそ533種、4700株もの薔薇が咲き乱れる。


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中井英夫の代表作『虚無への供物』には、かつて世田谷に実在した薔薇園「三宿ガーデン」についての記述がある。
また、『幻想博物館』所収の短編等に登場する、広大な薔薇園を持つ病院「流薔園(るそうえん)」は、千葉県市川市に実在する「式場病院」がそのモデルであるらしい(※1)。
私事で恐縮だが、実は三宿も市川も私には大変縁のある土地であり、氏の作品に触れるたび、薔薇園なるものには心惹かれていたのであった。

それにしても薔薇とは不思議な花で、その華麗で艶やかな容姿とは裏腹に、争いや死、あるいは秘密結社などと、とかく暗く怪しげなイメージが付きまとう。
私の経験上も、おそらく物心ついて初めて認識した薔薇のモティーフは、時代に翻弄される若者たちの愛と死を描いた『ベルサイユのばら』であったし、また、ほぼ時を同じくして目にしたコミック『血とばらの悪魔(※2)』も、およそ「KCなかよし」レーベルとは思われぬ奇怪なストーリーに、少なからず衝撃を受けたのであった。
さらに、『薔薇族』などという雑誌に象徴される深淵なる世界に至っては、…言わずもがなである。


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このように偏ったイメージが形成されるに至った理由は、むろん我々人間が薔薇と関わってきた歴史とも無縁ではなく、ヘレニズムのあたりまで時を遡れば、おそらくはその事情の一端を解明することも可能であろう。
しかし、ここで史実のみに囚われて、薔薇本来の「あやしさ」を看過するようなことがあってはならない。
すなわち、象徴としての薔薇が絡んだ血なまぐさい事件の積み重ねによって、主に中世ヨーロッパ以降に印象付けられた“結果”としての「怪しさ」とはまた別の、この花が本能的に有している、史実の“要因”たり得る「妖しさ」にも鋭敏に感応すべきであろう。
件の作家も、たしかにそうであった。


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絢爛と咲くその花を前に、中井の意識は地上にはない。
著書『薔薇幻視』には、こうある。
「薔薇はなお地表に美しいけれども、その暗い根の思考は、あるいは人間の思いも及ばぬ凶悪さを秘めているかも知れない。かつて満開の桜の下に屍体が埋められていたように、透視の能力さえあれば薔薇の樹の下にもみごとな魑魅魍魎のうごめいていることが知られるだろう。それなればこそ薔薇はこれほど美しいのだから。」

ここで私は、シュルレアリスムの画家、ゾンネンシュターンの言葉を思い出すのである。
「月の花々は陰惨な大地に、いまわしい汚物の上に、絢爛と咲く(※3)」
構図上のアナロジーもさることながら、注目すべきは、月と薔薇のそれである。
月[luna]は、言うまでもなく「精神に異常をきたした者、狂人」を指すルナティック[lunatic]の語源であり、西洋では、かのカリギュラ帝の時代より満月にまつわる怪奇伝説や猟奇的事件には事欠かない。
聖なる陽の光をその身に受けてなお、妖しい光を放つ月の狂気…
地中にうごめく魑魅魍魎の妖気を吸い上げて咲く薔薇に中井が見た狂気と、なんの違いがあろうか。


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さて、丘の上の薔薇園に話を戻そう。
残念ながら、異国情緒を醸すためこの手の施設にありがちな、陳腐な石柱や女神像こそ興醒めではあったものの、多くの人々が惜しみなく愛情を注ぎ、丁寧に手入れを施された花壇そのものは見事である。
甘美な芳香に誘われ、色とりどりの花壇を巡るうちに覚えた目眩くような心地は、なにも初夏を思わせる陽気のせいばかりではなかったであろう。


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しかし、それでもなお…

春先に一つ二つとほころびかけた梅を愛で、時を盛りに咲く桜にも刹那の無常を感じ、蔭なるかすみ草のつつましさに美徳を見る日本人の民族性ゆえであろうか、かように煌びやかな薔薇の花々は、私にはいささか眩しすぎる。
さりとて、中井の“根の思考”の境地には、むろん一朝一夕に達するべくもない。
詮ずるところ、澁澤龍彦の述べるがごとく、「むしろ日本あるいは東洋に目を転じて、何のシンボリズムにも毒されていない、野薔薇や庚申薔薇の単純さを愛するに如くはないような気もしてくる(※4)」のであった。

生田緑地 ばら苑
http://www.ikuta-rose.jp/index.html


〔参考〕
※1 市川市立図書館HP 「市川の文学」DBより
http://opac.city.ichikawa.chiba.jp/cgi/search510b.cgi?&=&bunk=3&FF=863
※2 原作:江戸川乱歩「パノラマ島奇談」 / 作画:高階良子
※3 澁澤龍彦「幻想の画廊から」より
※4 「フローラ逍遥」より


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[晴れ]

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